★第15回 ヨーロッパ治療共同体会議に参加してきました!(1)

治療共同体

2015年3月11日~14日、スペインのマラガにて、第15回ヨーロッパ治療共同体会議が開催されました。タイトルは「包括的モデルの取り組み」。プロジェクト・オンブレ協会が主管となり、開催地のマラガ支部が運営を担当。治療共同体研究の第一人者、ジョージ・D・レオン氏の講演とディスカッションを始め、ヨーロッパ各地と南米、イスラエルなどを含む各国の治療共同体メンバーによる分科会が行なわれました。連日400名が参加。どれもこれも見たい!参加したい!しかし時間が重なっているというジレンマの中、いくつかの発表を聞いてきました。

 

 

◆治療共同体は進化していく

 

使用される薬物や薬物使用者像は、時代と共に変わっていきます。今回の会議では、そのことを改めて考えさせられる機会にもなりました。どこの治療共同体も、ヘロイン使用者を対象にした伝統的な治療共同体のスタイルから、時代や人に合わせ柔軟に変化していっています。今回の会議で見えてきたキーワードを井上智恵さん(立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程)がまとめてくれました。*彼女は現在プロジェクト・オンブレでセラピスト研修を受けています。

 

・今日の治療共同体

・評価と課題

・重複障害

・エビデンスベース

・女性、ジェンダー

・刑務所

・処方薬

・社会復帰

・若者

・家族支援

・コミュニティ

・セラピスト養成研修

・治療的‐教育的プログラム

・ハームリダクション、など

 

これらのキーワードは決して独立したものではなく、すべてがつながりあっています。たとえば、薬物使用者像に合わせてプログラムを変えていくには、利用者とプログラムの現状をしっかりとらえる必要があります。その人に何が起きているか、何が課題となっているのか、取り巻くコミュニティも含めてアセスメントし、プログラムをデザインしていかなければならないからです。もし現状のプログラムで離脱する人が増えているとしたら、それはプログラムが利用者にあっていないということ。そのため外部機関と連携し、セラピストのメンタルヘルスも含む多角的なプログラム評価を行なう必要もでてきます。

 

治療共同体は「生物-心理-社会モデル」に基づく支援を行なっており、利用者のプロフィールが多様化するに伴いプログラムの個別化が進んでいます。その際、アメリカとヨーロッパでは、傾向に若干の違いがあることが今回の会議でも発表されていました。アメリカでは「スピリチュアリティ」にフォーカスした<BPSSモデル:biop-sycho-social-spiritual model>が主流ですが、ヨーロッパでは、「実存」または「人」にフォーカスした<BPSEモデル:biop-sycho-social-existential model>、<BPSPモデル:biop-sycho-social-person model>が主流です。「人」にフォーカスするということは、薬物の問題を個人レベルでとらえるのではなく、その人を取り巻く社会(コミュニティ)も含めたレベルでとらえることでもあります。人は一人では生きていません。その人が生きる環境の中で、どう生活の質を上げていくことができるのかにフォーカスしていくわけです。

 

プロジェクト・オンブレ(人間計画)はまさにこの「実存」と「人」にフォーカスしており、その意味では非常にヨーロッパ的と言うことができます。しかしかつてのようなシンプルなヘロイン使用者が減り、プロフィールが多様化するとともに支援の個別化が進み、セラピストの負担も増えているのが現状です。より高い専門性、多機関・多職種との連携が求められる中、試行錯誤を繰り返している姿に勇気をもらいました。

 

 

◆生物・心理・社会モデルとしての治療共同体。大切なのは「セット」。

ヨーロッパ治療共同体連盟代表Rowdy Yates氏の講演より

 

アディクションへのアプローチには、トラウマモデル、認知・行動モデル、ソーシャル・カルチャーモデル(社会的疎外)など様々なモデルが存在しますが、治療共同体は、その中でも生物-心理-社会モデルを取り入れています。

 

治療共同体

Zinbergの理論に基づく生物-心理-社会モデルでは、物質乱用には「生物学的・遺伝的要素」「環境・文化的要素」「自己信頼、セルフエスティーム、自己否定などの内面的要素」が相互に影響し合っていると考えます。中でも回復において基本となるのが、3つ目の要素です。

 

アディクションは、セッティング(環境)とセット(主に精神状態を含むその人の状態)と薬物の効果が合わさることで進んでいき、治療共同体でもこの3つの次元に取り組んでいきますが、当然、重要なのはセット(主に精神状態を含むその人の内面の状態)です。たとえば治療共同体で行なわれているグループはこれを変えるのに役立ち、そのことに気づいたユーザーはグループを活用するようになります。また治療共同体独自のツールではありませんが、音楽演奏なども脳と創造性を活性化させることに役立ちます。

 

こうした経験が、自分の中にある非合理な信念を打ち砕くことにもつながります。例を挙げると、たとえばパートナーからDVを受けている女性が「悪いのは自分だ」と罪悪感を抱えているとします。感情を感じることもできなくなっており、無力感を持っていて、自分にはいいところなど一つもないと思っている。自分には何も変えられない、そんなことできっこない、と。つまり、自分の良いところや良かった経験に目を向けることができないのです。しかしこの女性の表面だけを見ていたら、うつと言われるのが落ちで、こうしたことはわかりません。言ってみれば建物の最上階を見ているのと同じだからです。

 

治療共同体では、建物の最上階に取り組むのではなく、その基礎に取り組んでいきます。脳を活性化させながら基礎にアプローチしていくには、その人を取り巻く周囲や文脈も考慮していかなければなりません。

 

プロジェクト・オンブレ

運営を担当したマラガ支部の人たちと。マラガ支部は、かつて私が研修を受けた支部でもあります。この会議の前夜祭として、マラガ支部の30周年フォーラムも開催されました。*左から:プログラムディレクター、精神科医(外部スタッフ)、家族グループファシリテーター(ボランティアスタッフ)、運営スタッフ

文責:近藤京子