★第15回 ヨーロッパ治療共同体会議に参加してきました!(3)

スペインの治療共同体プロジェクト・オンブレ
*マラガの海岸:コスタ・デル・ソル 写真:井上智恵

重複障害、母子プログラム、若者・予防プログラムなどについて報告します

 

 

 

 

 

 

 

 

【重複障害】 重複障害にどう対応するか?

今回の会議では、重複障害についても多く語られました。たとえばヨーロッパの中でもアンフェタミンの使用が率が高いチェコでは、Charles大学のKamil Kalina教授がADHDとの関係を研究。治療を受けている人の56.6%にADHDの傾向があるが、単純に相関関係があるとは言えないとのことでした。またイスラエルの治療共同体Haderechでは、何らかの重複障害を持っている人が2008年は3割だったのに対し、2013年には5割に増加。この間ヘロインの使用が激減し、かわってメタンフェタミンの使用が増加したことから、「重複障害が増えた要因をどのように推察しているか」と聞いたところ、「さまざまな要因が考えられると思うが、使用物質の変化は関係していると感じる」とのことでした。危険ドラッグも流通し、1回の使用で大きなダメージを受ける人も。いずれにせよ、従来のプログラムを変えていく必要があるということでした。

 

重複障害があるとグループへの参加が難しく、プログラムを離脱しやすいという声をあちこちで聞きました。プロジェクト・オンブレ・アリカンテ支部の入寮施設では6割が重複障害を持っており、重複障害を持つ人だけの特別グループを実施。治療共同体という同じツールを使いながらもプロセスを個別化することで対応し、効果をあげているとのことでした。またマラガ支部でも動機づけ段階から医師とセラピストが個別支援を行ない、治療共同体プロセスに進む場合でも入寮はせず週3回の通所にするなど、緩やかなペースでプログラムを進めています。社会復帰においては、家族のもとで暮らすか障害者年金で暮らす生活を整えることが多いということでした。

 

 

【薬物問題のある親】 治療共同体における親子サポート

家族支援の分科会では、イギリスのPhoenix Futuresという施設の報告もありました。子どもと暮らすアルコール・薬物使用者の支援をしており、入寮者の多くは女性もしくは夫婦、妊婦で半数が子どもと同居。断酒・断薬をしながら家庭生活を再構築するというもので、これは世代連鎖を防ぐことにもつながります。親の多くは自分の問題を隠すために子どもの存在を利用しているので、子どもを直接支援しようとすると子どもは反発します。しかし親だけを支援しても、施設で見せている顔と家庭での顔が違う場合が多々あります。だからこうしたプログラムがあるのです。

 

利用者は朝起きて子どもの世話をして、学校へ行くのを見送ったり託児所に預けたりした後、プログラムに参加します。夕方また子どもたちと一緒にご飯を食べて、夜もグループに参加します。こうして治療共同体にいながら家庭的に過ごすことで、子どもと一緒に健康的な生活をするトレーニングをしていきます。プログラムの目的は、司法問題への対処、親力の向上、アディクション問題の改善、解毒など。安全な家庭生活を送るための今後の目標を設定し、生活の質を改善していくことがゴールです。

 

プログラムは最短12週。95%に社会的状況の改善が見られ、82%にアディクションの改善が見られたという驚くべき研究結果が出ているそうです。治療と家庭生活のバランスをどうとるかが難しいところだと言っていましたが、こうした包括的な視点はこれからますます必要になっていくのだろうと感じました。

 

 

【予防】 10代の予防と未成年治療共同体

ヨーロッパでは思春期の薬物問題に対し、医療モデルの「一次予防/二次予防/三次予防」は用いられていません。そのかわり「ユニバーサル/セレクティブ/インディケート」という予防が展開されています。「ユニバーサル」は一般予防(大人も含む)、「セレクティブ」は薬物の使用が発覚もしくは使用のリスクが高い若者に向けての予防、「インディケート」はすでに薬物使用など問題行動が表われていて依存のリスクが高い若者に向けての予防です。つまり薬物を使用している若者を「治療」するのではなく、「予防」の枠組みの中で扱っていくのです。

 

今回の会議でも、プロジェクト・オンブレ・バレアレス支部のTomeu Catalá氏による予防の必要性を喚起する講演がありました。「若者の薬物使用は健康問題ではなく、責任の問題なのです」。そのため予防は、感情や行動のコントロール、コミュニケーションなどのソーシャルスキル、問題解決、意思決定など、責任を培うようなものでなければならないとのこと。

 

「思春期は人の発達段階にあり、さまざまな葛藤を抱える時期。問題に向き合うことができず、85%は自分の人生に満足していないというデータもあります」。人の脳は0歳から5歳もしくは7歳までと、13歳から17歳に大きく発達し、特に10代に記憶されたことはその後に大きな影響を与えるといいます。「自律したい、人間関係を広げたい。そうした欲求に突き動かされてさまざまなことを経験し、学んでいくために、脳も準備しているのです。けれども情報が不足している状態で意思決定をすると、危険なことも選んでしまう。だからこの時期は予防が不可欠なのです」。

 

Catalá氏は、「10代の子どもは丁寧に説明すれば、完璧に理解する脳を持っている」と強調します。動機づけや意思決定は脳の深い部分で行なわれ、最終的に決定を下すまでには、なぜこれがいいのか、なぜこれが怖いのかなど、これまで経験や知識を得てきたのと同じルートを通ることになります。このルートがいわゆる認知や信念。つまりこうしたシステムに作用する予防が効果的というわけです。

 

一方、分科会では、プロジェクト・オンブレ・セビージャ支部による未成年治療共同体の報告もありました。大人の治療共同体との違いは、常にスーパーバイズがあること、教育者がいること、治療より教育的要素が強いこと。対立を避け、プログラムへの反発を最小限に抑えるなど工夫をしています。

 

治療共同体自体、教育的要素を多く持っています。小さな模擬社会になっているため、人間関係の葛藤を乗り越えていくトレーニングの場になります。同時に自分のコンテキストを変え、社会化を進めていく場でもあります。自分はどんな人間なのか、生きていくうえで何がOKで何がまずいのか。体験を通して感じ、セルフケアや意思決定を学んでいくのです。

 

彼らが取り組むのは、規範、コミュニケーション、成長、愛情など。セラピストや教育者は問題に焦点を当てるのではなく、彼らのポジティブで健康的な部分を引き出していくサポートをします。また、彼らの多くは家族や周囲とのつながりが希薄になっているので、治療共同体が父親と母親の役割を担うようにします。そうして周囲とのつながりを少しずつ取り戻し、対立や葛藤があっても関係を修復することができると感じられると、自ら「ここに居たい」「ここに居ることが自分のためになる」と動機づけられ、これまでとは違った人生を歩んでいくためにプログラムを活用するようになるという話でした。

 

 

プロジェクト・オンブレでは、多くの支部でインディケート予防を含む思春期プログラムを行なっています。そしてこれまで会ったどのセラピストも、口を揃えて「思春期プログラムがいちばん難しい」と言います。「薬を使うな」「友だちを変えろ」と上から目線で言うと二度と来なくなるからです。そのため思春期プログラムは、大人のプログラムに比べはるかに緩やかかつ細心の注意を図りながら進めます。個人セッションも多く、テーマも生活や進路など多岐に渡ります。薬物の個人使用・所持が非刑罰化されているスペインと比べるのは無謀ですが、もし最初の段階で薬を使いながらでも参加できるプログラムがあったら、問題が長引かずに薬物を「卒業」する可能性が広がるのではないか? 思春期プログラムを見るたびにそう思います。

(文責:近藤京子)